セネガル(ダカール)報告-その2 芸術家ケイタ氏とゴレ島への船出
2009年03月02日(月)19:52|アフリカ日記|

前回の記事を読んでくださったガーナ在住のS様から、
「写真を見ると道路の舗装がしっかりしてますね」
と鋭くご指摘いただきました!
そうですね、そういえば道路もしっかりアスファルトしていました。西アフリカの中でも比較的インフラのしっかりした国なのでしょうね。
とはいえ、風が強かったので砂塵防止のサングラスは手放せませんでした。
ただ、同じ時期のアクラのような、「ハルマタン(サハラの砂を含んだ風。ハマターン)によって曇ってしまった空」は見ませんでした。
同じ西アフリカでも少しずつ違うんですよね。

写真右上の建物はダカール駅です。
スレイマン・ケイタさんのお招き
さてさて、今回の旅ではセネガルを代表する文化人にお会いすることができました。
画家のスレイマン・ケイタさんです!

ガイドブックにもミュージシャンのユッスー・ンドゥールと並んでその名が記載されていました。
ちなみに十数年前に来日経験もあるそうです。
昨年は偶然ガーナ代表のサッカー選手たちに会えましたが、今回は偶然ではなく、日本のケイタさんのお知り合いの方から手紙を託されていたので、渡しに行ったのでした。
とはいえ、当初は「奥様か、お手伝いさんに渡せればいいかな」としか思っていませんでした。
まずは電話をしなくてはいけません。
一度目の電話ではお手伝いさんに英語が伝わらず、その日は断念。
数日後、二度目の電話では奥様が出て、なんとかこちらの事情が伝わり、スレイマン・ケイタさんの渋い素敵な声を拝聴することができました。
電話越しからも、立派な人物だという雰囲気が伝わりました。
そしてなんと、私を家&アトリエに招待したいとのことです!
なんだか恐れ多い気もしましたが、後日、指定された場所へとタクシーを飛ばしました。
アトリエにて
ケイタさんは想像したとおりの、とても優しい大柄な紳士でした。
この日はお仕事中だったのでキャップにジャージという格好でした(後日ゴレ島へのフェリーでお会いしたときは格好いいセネガルの正装=「バザン」と呼ばれる衣装を身にまとっていました)。
親戚の方が運転してくれた車でお住まいにつくと、まずはリビングに通されました。
いきなり、そこには大きな円形の白いキャンバスに描かれた大胆な抽象画が飾ってあり、息を呑みました。
一目で、スレイマン・ケイタの作品だとわかります。
ケイタさんの作品は日本で画集を見て知っていましたが、「本物」にはただだだ圧倒されました。
周囲のインテリアも含め、その空間は、美しい、としか言いようがなかったです。
「妻がアタヤ(セネガルのお茶)を用意するので、その間二階に移動しよう」とケイタさん。
そこがまた壁一面に作品がいくつも飾ってある部屋だったので、
「ダカールで行った美術館の中で、ここがベストだと思います」
と率直な感想を言うと、ニコニコしてくださり、ちょうどアタヤ(びっくりするくらい美味しかったです!)を持ってきた奥様にウォロフ語で通訳してくださいました。
絵画以外にもコラージュやオブジェがありましたが、作品をひとつずつ解説してくださり、その中には今は亡き友人たちや、初代大統領サンゴールへのオマージュ作品もありました(数年前に亡くなった著名な映画監督ジブリル・ジオップ・マンベティも友人だったそうです)。

お話を伺っているうちに、ケイタさんの芸術に対する情熱や自作への自信などを感じとりました。
やっぱりクリエーターはこうでなくては!と私自身、身が引き締まりました。
世界におけるコンテンポラリー・アートの受容や中国など新興国のマーケッターについても、率直に語ってくださいました。
「アフリカというと、仮面などのトラディショナルな芸術のイメージを持たれがちだが、自分はそれと闘っている・・・」
家の向かいのアトリエでは日本に行った時のお話を伺いました。
東京で買った硯を、今でも大切に使っているそうです。
どういう風に作画しているのかを実際に見せてくれたとき、はじめてケイタさんが左利きだと気づきました。
翌々日、ケイタさんは実家に顔を出しに、私は観光のために、ゴレ島に行きました(ケイタさんはゴレ島の出身なのです)。
フェリーに揺られて20分、あっという間です。
ケイタさんがガイドさんを探してくださいました。
「実家に行ってるので、あとで来るように。なぁに、そのガイドの彼が知ってるから、連れてきてもらいなさい」
島では誰もがあなたを知っている??
「小さな島なのでね」
ゴレという名の島の、悲しい歴史についての詳しい説明はほかに譲りましょう。

というか、アクラでもザンジバルでもそうでしたが、
私は「奴隷のいた部屋」などの遺跡に行くと具合が悪くなってくる体質のようです。
暗くて、じめじめしていて・・・。
でも、誤解を恐れずに言えば、とってもかわいらしい島でした。
なにしろ島の真ん中に立てば端から端まで見えるほどです。
のどかな感じです。
建物もカラフルでかわいらしいです。
でもガイドさんによれば、黄色、赤、白のカラフルな壁はそれぞれそのむかし支配をめぐって争っていたポルトガル、オランダ、フランスの国別の色だとか・・・。
こちらは文句なしに「かわいい!」と叫べます。
髪型いろいろ。

おそろしいキャノン砲・・・。

名物の「砂絵」を実演してくださいました。
さすがはケイタさんの地元だけあって、絵をご商売にしている方がたくさんおりました。
ガイドさんと。
海の向こうにダカールの町並みが見えます。
ダカール→ゴレ島を泳ぐ大会もあるそうです。
ガイドさんもチャレンジしたことがあり、1時間かかったとのことですが、チャンピオンは40分台をマークするそうです!
一通り観光を終えたあと、ケイタさんのご実家へ。
ケイタさんのお母様(素敵なワックスプリントを身にまとってました)に挨拶もして、お礼を言い、ゴレ島を後にしました。
「その3」へ続きます。
関連:
セネガル(ダカール)報告-その1 ダカールの印象
セネガル(ダカール)報告-その3 食べ物篇
一度目の電話ではお手伝いさんに英語が伝わらず、その日は断念。
数日後、二度目の電話では奥様が出て、なんとかこちらの事情が伝わり、スレイマン・ケイタさんの渋い素敵な声を拝聴することができました。
電話越しからも、立派な人物だという雰囲気が伝わりました。
そしてなんと、私を家&アトリエに招待したいとのことです!
なんだか恐れ多い気もしましたが、後日、指定された場所へとタクシーを飛ばしました。

美術館のような家
アトリエにて

この日はお仕事中だったのでキャップにジャージという格好でした(後日ゴレ島へのフェリーでお会いしたときは格好いいセネガルの正装=「バザン」と呼ばれる衣装を身にまとっていました)。
親戚の方が運転してくれた車でお住まいにつくと、まずはリビングに通されました。
いきなり、そこには大きな円形の白いキャンバスに描かれた大胆な抽象画が飾ってあり、息を呑みました。
一目で、スレイマン・ケイタの作品だとわかります。
ケイタさんの作品は日本で画集を見て知っていましたが、「本物」にはただだだ圧倒されました。
周囲のインテリアも含め、その空間は、美しい、としか言いようがなかったです。
「妻がアタヤ(セネガルのお茶)を用意するので、その間二階に移動しよう」とケイタさん。
そこがまた壁一面に作品がいくつも飾ってある部屋だったので、
「ダカールで行った美術館の中で、ここがベストだと思います」
と率直な感想を言うと、ニコニコしてくださり、ちょうどアタヤ(びっくりするくらい美味しかったです!)を持ってきた奥様にウォロフ語で通訳してくださいました。
絵画以外にもコラージュやオブジェがありましたが、作品をひとつずつ解説してくださり、その中には今は亡き友人たちや、初代大統領サンゴールへのオマージュ作品もありました(数年前に亡くなった著名な映画監督ジブリル・ジオップ・マンベティも友人だったそうです)。

お話を伺っているうちに、ケイタさんの芸術に対する情熱や自作への自信などを感じとりました。
やっぱりクリエーターはこうでなくては!と私自身、身が引き締まりました。
世界におけるコンテンポラリー・アートの受容や中国など新興国のマーケッターについても、率直に語ってくださいました。
「アフリカというと、仮面などのトラディショナルな芸術のイメージを持たれがちだが、自分はそれと闘っている・・・」
家の向かいのアトリエでは日本に行った時のお話を伺いました。
東京で買った硯を、今でも大切に使っているそうです。
どういう風に作画しているのかを実際に見せてくれたとき、はじめてケイタさんが左利きだと気づきました。
ゴレ島へ

フェリーに揺られて20分、あっという間です。
ケイタさんがガイドさんを探してくださいました。
「実家に行ってるので、あとで来るように。なぁに、そのガイドの彼が知ってるから、連れてきてもらいなさい」
島では誰もがあなたを知っている??「小さな島なのでね」
ゴレという名の島の、悲しい歴史についての詳しい説明はほかに譲りましょう。

というか、アクラでもザンジバルでもそうでしたが、
私は「奴隷のいた部屋」などの遺跡に行くと具合が悪くなってくる体質のようです。
暗くて、じめじめしていて・・・。
でも、誤解を恐れずに言えば、とってもかわいらしい島でした。
なにしろ島の真ん中に立てば端から端まで見えるほどです。
ゴレ島あちらこちら

建物もカラフルでかわいらしいです。
でもガイドさんによれば、黄色、赤、白のカラフルな壁はそれぞれそのむかし支配をめぐって争っていたポルトガル、オランダ、フランスの国別の色だとか・・・。

髪型いろいろ。

おそろしいキャノン砲・・・。


名物の「砂絵」を実演してくださいました。
さすがはケイタさんの地元だけあって、絵をご商売にしている方がたくさんおりました。

海の向こうにダカールの町並みが見えます。
ダカール→ゴレ島を泳ぐ大会もあるそうです。
ガイドさんもチャレンジしたことがあり、1時間かかったとのことですが、チャンピオンは40分台をマークするそうです!
一通り観光を終えたあと、ケイタさんのご実家へ。
ケイタさんのお母様(素敵なワックスプリントを身にまとってました)に挨拶もして、お礼を言い、ゴレ島を後にしました。
「その3」へ続きます。
関連:
セネガル(ダカール)報告-その1 ダカールの印象
セネガル(ダカール)報告-その3 食べ物篇
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