カメルーン仕入旅 1「気づき篇(前)」

そのKさんに厚かましくガイドをお願いしたのですが、快く引き受けてくださり、おかげでとてもよい出張になりました。
Kさん、重ね重ねありがとうございました!
また、Kさんの紹介でヤウンデ(カメルーンの首都)在住の多くの日本の方にお世話になり、遠く日本から改めて御礼を申し述べさせていただきます。
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国境線は「横を向いた鶏」に見えなくもない形です。日本の1.2倍くらいの面積です。
そう、カメルーン。
言うまでもなく、といっても特に女子は
「興味がないから知らな〜い」という人も多いようですが(笑)、四ヵ月後のサッカーのワールドカップ南アフリカ大会で日本の初戦の相手となる国です!
もちろん、これはまったく偶然の成り行き。
私が行き先として決めたのは夏ごろですが、そのころのカメルーン代表は試合に勝てず、W杯の出場も不安視されてたようです。
南アでの抽選で日本の対戦相手に決まったのは航空チケット入手後の12月初旬でした。
抽選結果を知った時はびっくりしましたが、なんとなく予感もしてました。

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さて、カメルーン珍道中は5回に分けて掲載しようと思ってます。
【予定】
- 第一回:気づき篇(前) ←今回
- 第二回:気づき篇(後)
- 第三回:サッカー・アフリカ選手権篇
- 第四回:食べ物篇
- 番 外:『ムガベと白いアフリカ人』と大英博物館
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「気づき篇」では、カメルーンで「あ、これ面白いな」とか「変だなー」などと思ったことを紹介します。
気づきその1:ヤウンデ、坂道が多い
カメルーンの首都、ヤウンデ。ンシマレン国際空港に降り立ったわけですが、小さいけれど近代的で立派な設備を備えた空港でした。
Kさんが迎えに来てくれていて、タクシーで街へ。
当時はメリークリスマス&ハッピーニューイヤー!な時期だったので、イルミネーションが綺麗でした。
また、24時間営業の食料品店さえありました。
夜のヤウンデ(泊まったホテル前のロータリー)。

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昼のヤウンデ。黄色い車は乗り合いタクシー、主要な交通手段です。

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昼のヤウンデ。黄色い車は乗り合いタクシー、主要な交通手段です。
以上のことから、着いた直後に
「アフリカの中でも経済的に恵まれている国のようね〜」と感じました。とはいえ、実は滞在したのはヤウンデだけなので、国全体の事情については何も言えません。
本当は最大の都市ドゥアラや、西のバメンダなどにも行きたかったのですが、都合で断念…。
ヤウンデは坂道が多く、暑かったので、ちょっと歩くのに疲れました。
しかも滞在中、乾季にも関わらず2回も激しい雨が降りました!
気づきその2:タンタンの「コンゴ篇」が…
本屋さんに行ったのですが、いきなり大統領夫妻の伝記や関連本が平積みしてありました(笑)
ちなみに大統領のビアさんはもうかれこれ30年近く現職です。
ベルギーの有名な漫画、『タンタン』シリーズも発見。
「内容が植民地主義的だし、アフリカ人の描かれ方も問題がある」と指摘されて近年話題になった「コンゴ探検」もふつうにありました。
ちなみに帰国のときにロンドンの本屋さんに寄ったのですが、そこでは「コンゴ探検」だけビニール包装で密封されていた上に、「差別表現があります」の注意書き付きでした…。
気づき3. 「シノワ」とか「ニーハオ」
街を歩くと「シノワ(中国人)」と声をかけられるのは、アフリカのどこでも同じですね。
でも、「私はジャポネーゼよ!」と言い返すと「あー、そうなの?」と納得(?)してくれます。
なお、「ニーハオ」はやっぱり「ニホン」に聞こえてしまいます。
セネガルのダカールでは「サバ?」とか「アミーゴ!」と物売りに呼びとめられた記憶がありますが、ヤウンデではそういうことはありませんでした。
同じ西アフリカのフランス語圏でも、地域によって微妙な違いがあることを発見すると、文化人類学者の気分になれます(?)。

シノワといえば、インド人商店主の店に入ったとき、
「中国人じゃないよね?日本人ならOKだ」と言われました。
その方はもう15年もヤウンデで商売しているということなので、最近の中国のアフリカ進出が面白くないのかもしれません。
でも同じアジアの民なのに、遠くアフリカで「民族紛争」するのはやめましょう…。
気づきその4. 英語使いはフランス語も喋れるけれど、その逆はあまりいない?
カメルーンという国は、ほかのアフリカ諸国と同じく多民族多言語で成り立っていますが、国立民族学博物館の報告によると「コイ・サン語系統のことば以外、アフリカにあるすべての語族の言語がそろっている」そうです。

そのためか、メジャーな現地語のようなものは(少なくともヤウンデには)特にないようです。
なので、「セネガルはウォロフ人が多いから、ウォロフ語を覚えて仲良くなろう」といったことはカメルーンではできませんでした。

さて、この国の公用語はフランス語と英語ですが、北西のふたつの州以外はほとんどフランス語しか通じないようです。
フランス語がまるでできない私は、英語を話すカメルーン人に再三助けていただきましたが、訊いてみると彼らはたいていバメンダという北西の都市近辺の出身者でした。
彼らは学校教育は英語で受けたそうですが、フランス語も話せます(そうでないと、ヤウンデで暮らしていけません)。

サッカー観戦の際にお世話になったカメルーン人のJさん。彼もバメンダ出身。のちほど再登場していただきます。
こんなこともありました。
滞在中、ある換金所で私のしどろもどろのフランス語(ともいえないボディランゲージ)に何度かつきあってくれた初老の男性がいたのですが、2週間後にはじめて「君は英語はしゃべれるのかい?」と英語で訊かれ、ようやくまともなコミュニケーションができました(笑)。
最初に訊いてよ〜
(お互い様!?)。「気づき篇」後半に続きます。
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